早稲田大学商学部を卒業後、地元・岡山でも指折りの大手会計事務所に就職しました。理由はシンプルです。「会計事務所なら、たくさんの社長のお役に立つことができる。しかも大好きな岡山の発展にも貢献できる」。そんな青臭い理想を胸に抱き、この道に飛び込みました。親も喜んでくれた。正直言って嬉しかったです。
従業員40人規模の事務所は、仕組みが整っており、税務の仕事に専念できる環境でした。上司が信頼してくれて、いろんな案件を任せてくれて楽しかった。本当に恵まれていたと思います。とてもありがたいことです。
世間でいう会計事務所とは、お客様の会社の税金を計算して申告手続きをするところです。当たり前です。それが仕事ですから。しかし、仕事を覚えていくに従い、抗えない気持ちが芽生えてきました。それは「経営そのものに、もっと踏み込んでサポートしたい」という気持ちです。
理由は簡単です。社長は税金の話ってそこまで興味をお持ちじゃないんです。それよりも、「数字上は儲かっているはずなんだけど、なぜ銀行にお金がないんだ」「社員が辞めると言ってきた。次の人を採用したいんだけど広告費を使っても大丈夫か?」「社員の賞与どうしようか」「取引先から値下げを要求されていて困った。どう思う?」「銀行に融資を断られた。なんか良い方法はないのか?」。資金繰りだったり、将来に向けた投資判断だったり、税金とはあまり関係のない話ばかりなのです。
実は私、よく聞こえない振りしました。見えない振りをしました。なぜならば、社長の問いに答える実力がなかったから。泣きたくなるほど自分が情けなかったです。「人のために・・・」なんてどの口が言ってんだ、と思い知らされました。私を頼ってくれた社長に、「それは私の仕事ではありません」って顔をするのは正直キツかったです。でも思い返せばその時ですね。自分の中で本気スイッチが入ったのは。
気づけば入所から8年目。目先の忙しさにかまけて、本気で税理士試験に取り組んでいませんから、当然、税理士資格はありません。
「このままで本当にいいの?俺の人生」。そう自問した結果、31歳で事務所を退職して、勉強に専念する道を選びました。周りからは「アホじゃないの?大丈夫?」と笑われました。でも仕方がない。仕事も勉強も全力疾走なんて、そんな器用な人間じゃないのはよくわかっていたからです。
そこから4年半、なけなしの貯金を切り崩しながら猛勉強。5科目全てに合格した時は36歳になっていました。実は3科目受かった時に岡山大学の大学院(夜学)へ進学しています。理由は「租税に関する論文」を書いて国に提出して認定されると「2科目が免除」されるからです。
大学院にはMBAを目指す中小企業の社長たちがたくさんいました。親しくなった経営者に聞いてみました。「税理士に求めることって何ですかね~?」。すると返ってくる答えは決まって同じでした。
「税理士は税金の話しかしないからイマイチなんだよね~。本当はもっと経営全般について相談に乗ってほしいと思ってるんだけどさ」。この言葉に、私は確証を得ました。「税理士の役割は、税金計算だけじゃないんだ。経営に困っている社長をサポートするのが西原流の税理士の使命だ!」。
こうして試験に合格したその足で「西原経営支援会計事務所」を立ち上げました。「経営支援」を事務所名に入れたのは、私の信念を示すためです。「他の会計事務所とはちょっと違うんだぞ」、とドヤ顔だったのをよく覚えています。
しかし、独立してすぐに現実の厳しさを思い知らされます。顧問先ゼロの状態で、通帳の残高だけがどんどん減り続ける恐怖感・・・。「このままじゃマズい!そうだ補助金申請ビジネスがいいかも。これなら困っている社長のお役にも立てるじゃないか」。
でも申請自体ほとんど経験もなく、私の申請が通ることもありませんでした。期待して任せてくれた社長のガッカリ顔を見ると「経営支援って言ったけど、俺が支援して欲しいくらいだよ」と泣きたい気持ちでした。
それからは記憶がなくなるくらいガムシャラに仕事しました。いろんな方に紹介を頼んだり、他の士業の方に売り込んでみたり。できることは何でも引き受けました。気が付けばなんとか倒産は免れるくらいには持ち直していました。
「でも自分がやりたいことって経営支援だったはず。今ってどちらかといえば経理や税金の何でも屋さん状態だな。これってうちじゃなくてもできるしなぁ」。
そんな時、出会ったのが東京で広がりつつあった「未来会計」の考え方です。会社は赤字で潰れるのではなく、キャッシュがなくなって潰れる。そうならないために、毎月、社長と一緒に会社の数字を検証しながら、来月、再来月、いや1年後までどんな手を打てば儲かるかをアドバイスする仕事です。
「税金計算」はあくまで「過去の数字」をまとめる仕事。そうではなく、私は「未来」のために数字の知識を生かしたい。この先、社長が利益を出すために何をすればいいのか?財務の知識を駆使してアドバイスをする仕事がしたいと思ったのです。
「よし、これだ!」。腹落ちしました。「経営支援」という言葉と、私がなすべきことが完全に一致した瞬間でした。
決まったらさっそく行動です。懸念したのは「社長が数字に弱い」という点。でも仕方ないです。ぺロ~ンと1枚、試算表を渡されるだけじゃ弱いに決まっています。
だったらこうしよう。
「西原経営支援会計事務所は、社長の給与倍増を一緒に手伝います。なぜなら絶対つぶれない強い会社になるために、それが必要だからです。そのためにも利益をいっぱい出す必要があります。値上げに耐えうる収益性の高い事業を作る。顧客を増やす。優秀な人材を雇う。手は無限にある。でも社長。どこから手を付ければ良いかわからないですよね?でしたら私に任せてください。解決の糸口になるようなヒントをお伝えできます。どうして出せるのかって?それは会社の数字を見れば書いてあるから。それを見つけ出して社長に教えて差し上げます」
だから私は毎月、「社長に会う」と決めました。
・「未来の会計」を簡単に理解できる資料を作って、社長と一緒に検証しよう。
・「数字の読み方」を社長がわかるまで徹底的に教えて差し上げよう。
・売上や顧客、事業やサービスの質問をして、社長自ら解決策の気づきが得られる場にしよう。
・来月は何をするべきか、社長がワクワク、ソワソワ行動したくなる90分にしよう。
・そして次に会うときは優しく答え合わせをしよう。
この顧問サービスに「財務の家庭教師」と命名しました。
目先のゴールは、「社長自身が数字を見ながら意思決定ができる」まで伴走すること。
最終目標は、給料を2倍にし、何があってもつぶれない会社を作ってもらうこと。
社員に高い給与を払える事業を作り、優秀な人材を雇い、毎日ワクワクして過ごしてもらうこと。
岡山にそんな会社をいっぱい作る一助になりたいのです。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
社長は孤独です。従業員は育たないし、言うことも聞かない。育ったと思ったらあっさり辞める。社長が抱える怒りやストレスは半端ありません。私も経営者の端くれですから、それくらいわかります。
だから、せめて私と会う90分だけは、社長を笑顔にしたいと思っています。「西原さんがいるから、また来月も頑張れそうだ」と思ってもらえるようにしたいと思います。
もちろん愚痴だってちゃんと聞きます。でも、未来の話を一緒にすれば、きっとすぐ実践したくて、ワクワクが止まらなくなるはずです。「いろいろ言ったけど絶対に良い会社にする。そして、俺についてきてくれた社員に報いたい」、そう思うはずです。
だから、どうか信じて下さい。
私が作った全く新しい顧問サービス「財務の家庭教師」は社長をワクワクさせる最終兵器です。
それぐらいの熱量で考えたサービスです。
早くこれを使って社長をハッピーにしたい。
私は社長が夢を叶えるお手伝いをしたいのです。
だから社長一人残っても、私だけは最後まで味方です。
私の税理士人生を賭けてお約束します。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。
© 西原秀俊税理士事務所